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台湾で考える、ものづくりが循環する風景

近年、リズムデザインでは、地域で続いてきたものづくりの現場と関わるプロジェクトが増えています。その中で、時代の変化の速さを実感すると同時に、工夫や更新を重ねることで、これまで受け継がれてきた技術や価値を、次の時代へとつないでいける可能性を強く感じるようになりました。そのような関心の延長として、今回3日間にわたり台湾を訪れました。

今回の台湾では、

◎ 台湾と日本のものづくりを、どのように架橋できるだろうか。

◎ その地域なりの新しいものづくりの連帯は実現できるだろうか。

◎ (都市と地域が)循環するものづくりの風景を見つけ出せるだろうか。
といった問いを持ち続けていました。現地で出会ったのは、それぞれに特技を持つ小さな工場同士が、緩やかに連帯する実践でした。現地では、そのようなあり方を「衛星工場」と呼んでいました。

台湾ものづくりの「いま」

台湾も2030年には人口減少局面に入るとされています。すでに人口減少を経験してきた日本の地方創生の取り組みを参照しながら、台湾でもさまざまな試みが始まっています。例えば林業です。台湾は長年、天然林の伐採を基本的に禁止し、森林保全や生態系の保護を重視してきました。一方で近年では、国内木材自給率の向上や、持続可能な森林経営の確立を目指し、国産材の活用などの取り組みが徐々に進められています。そうした社会的変化の中で、今回特に見て回りたいと考えていたのが、現在の台湾国内のものづくり産業でした。

訪れたのは、台湾中部の台中市や南投県にある、竹や木工家具を中心とした製造の現場です。この地域では、豊富な森林資源を背景に、日本統治時代に林業や木材加工の基盤が築かれ、その蓄積の上に、現在の家具産業が形成されてきました。現在も、地域内に点在する特技の異なる工場同士が連帯しながら、海外向けのOEM(Original Equipment Manufacturer/自社ブランドではなく、他社ブランドの商品を、依頼を受けて製造すること)を数多く引き受けています。製品の品質は非常に高く、とても素晴らしいものでした。もっとも惹かれた点は、どの工場も家族や親族による経営が続けられており、それぞれの工場同士がとても闊達に会話する点でした。その現場の風景は、幼い頃に目にしていた昭和期の日本のものづくりを思い起こさせるものでした。

しかし近年では、家具生産拠点の一部がベトナムなどへと移り、この地域もその影響を大きく受け、仕事量は大幅に減少しているといいます。自社製品ではなく、他者からの発注による商品製作を請け負う仕事の場合、その依頼主はしばしば「品質よりもコスト」を重視します。その結果、生産拠点は、より安くつくれる場所を求めて、僻地や未開の地へと移動し続けることになります。もし、そのような状況の中で「地域の中で使われるものを、地域の技術で、一定の品質を保ってつくりたい」と本気で考える依頼主が現れたとしたら。それは、産地、すなわち「衛星工場」のあり方そのものを変える可能性を持っています。

國立臺灣工藝研究發展中心(国立台湾工芸研究発展センター)
工芸文化館

外<内へ

台湾では、日本のプロダクトは非常に人気があります。台湾製のものであっても、パッケージやトーンは日本のものを参照してつくられているケースも多く見られます。一方で、人口減少が始まる局面において、自国の文化や技術を十分に顧みないままでよいのだろうか、という疑問も残ります。一度失われた文化や技術は、決して元には戻りません。

ものづくりの現場を見て、もうひとつ強く感じたことがあります。素材はあります、加工する知恵も技術も機械もあります。「こんなものを作りたい」という主張や意欲も確かに存在します。それでも、何かが足りない。それはおそらく、「再現性」ではないかと思います。ここで言う「再現性」とは、特別な誰かだけがつくれる状態ではなく、だれが関わっても、同じ品質のものを、無理なく、確実につくり続けられることを指します。

デザイナーも工場の職人も、どこか「その人にしかできない表現」を目指しているように見えました。確かに、その人やその工場でしかできないことを突き詰めることは大切です。他者と協業していくには、他人の武器ではなく、自分なりの武器を持ち、それを磨き続ける必要があります。一方で、過去を振り返り、蓄積を読み解き、構造や価値として捉え直す視点が弱く、結果としてものづくりの目指す解像度が荒い状態(地域全体でどのような価値をつくるのか外向きの視点のみが存在している状態)になっているようにも感じられました。

すでに顕在化している市場の要請に応えることではなく、地域の生活者が、「それが欲しかった」と思えるような、潜在している地域の意識の少し先にプロダクトを差し出すこと。そのような価値を生み出し続けることができる、「衛星工場」と呼べる産地だからこそ実現可能な「再現性」です。

南投県へ
竹工場
竹を曲げる実演
手漉き紙の工房
木製家具工場
事務所から工場が見える
CNCルーターの工場/10数台の専用機械がある

台湾が外を向き続けてきた理由

台湾には、台湾デザイン研究院(TDRI|Taiwan Design Research Institute)のように、デザインを軸として産業・社会・都市をアップデートしようとする中核機関があります。TDRIは「デザインを軸とした外交」を明確に掲げ、外に向けた発信と連携を続けてきました。

ただし、この外向き志向は、TDRIという組織の思想だけによるものではないと感じています。台湾は、日本を含む多くの国と正式な国交を持たない立場にあります。外務省に相当する機能が限定される中で、デザインや文化、産業が「外との対話」を担わざるを得なかった、という側面も大きいのではないでしょうか。その結果、外との関係構築には長けている一方で、国内に向けた対話や、自国文化の再解釈が後回しになってきたようにも思えました。

それでも台湾には、大きな可能性を感じます。一つは、都市のサイズです。台北(新北市を含む都市圏で約700万人)、台中(約400万人)、台南、高雄。いずれも、地域でつくったものを都市が消費し、循環させるだけの規模を持っています。もう一つは、意思決定から社会実装までのスピードの速さです。これは、コロナ禍におけるデジタル施策の展開にも明確に表れていました。

この強みを活かして、外と関わることと、内との対話を進めることができるのか、それが最大の関心ごとです。

豐園北科大木創中心(Fengyuan NTUST Wood Innovation Center)/木工の伝統技術の保存と現代的なデザイン・産業創出を同時に進める教育・実践拠点

これからの取り組み

では、私たちにできることは何があるのか。それは、正解を示すことでも、主導権を握ることでもありません。日本が担えるのは、さまざなま関係をつなぐ調整役として共に働きかけることだと思います。それは、台湾国内のデザイナーとメーカーの間に入り、両者の思考や価値観をすり合わせることであり、同時に、生まれつつあるプロダクトを、(まずは)台湾国内のマーケットや地域産業の文脈と丁寧につないで橋渡しをしていくことでもあります。日本は、これまでのものづくりの経験の中で、そうした役割を積み重ねてきました。それは半導体のような最先端産業の場づくりでも同様で、日本の強みは、工場完成後の運営フェーズにおける対応力や調整力にあります。

いま台湾に必要なのは、自国を見つめ直し、歴史を再解釈し、自分たちなりの再現性(循環する型)を見出すことだと思います。そして私たちができることは、協業を前提に、地域の文化と都市の生活が循環する環境を整えることです。

まずは、小さな成功事例を一つつくること。国内のデザイナーとメーカー、地域産業とマーケットが、確かにつながる循環の一例を生み出すこと。そう思いながら、次の取り組みを始めてみたいと考えています。