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このホテルが位置する福岡市早良区の「シーサイドももち」は、アジアの拠点都市を目指す福岡市の方針のもと、さまざまな施設が計画的に整備されてきたウォーターフロント開発地区。福岡タワーやドーム球場・商業施設だけでなく、図書館や博物館などの文化施設、オフィスビルなどが、住宅などと併せて複合的に建設されてきた街である。私たちに与えられた命題は、長期的なビジョンを描くだけでなく、それを実現してくために、継続的に取組み可能な短期的ビジョンの提案でもあった。今すぐにでも着手可能な、「できるだけ初期投資を抑え、かつ、最大限の効果を得る計画案」を求められていた。
このホテルの最大の特徴のひとつは「長期滞在できること」である。月・年単位での中長期賃貸借契約が可能な部屋が用意されているため、レセプション機能を利用しながら、「ホテルに住む」ことができる。ホテルスタッフに聞くと、長期滞在可能な部屋としながらも、ホテル竣工後17年間、一度も中長期での入居(契約)が決まったことのない部屋が多数あるこという。この「17年間成約無し」の原因を知ることが、プロジェクトの大きな指針になると考え、「このホテルへの入居を検討したが、最終的には競合他社が近隣に建設した賃貸集合住宅に入居を決めた人」を探し出し、ヒアリングを試みた。
ヒアリングの結果、世代や性別に関わらず、ほとんどの人が「キッチンの問題」を入居断念の原因に挙げていた。「 “HYATT(ハイアット)”というブランドイメージに憧れて、”非日常”的なライフスタイルを実現したくて入居を希望したが、あのように小さく閉鎖的な個室のキッチンではパーティーはおろか、日常の料理すらままならない」、ということであった。当時の各室のキッチンは広さ2畳ほどで、1.2M幅のミニキッチンにはラジエントヒーター(電気コンロ)が設置されていた。キッチンの問題を解消するために私たちが設計したのは「キッチンとリビングを隔てていた壁を解体し、カウンターの向きを変える」ことのみである。仕上がりは、既存のインテリアの質感や細部を引用しているため、一見するとどこが新しくなった範囲で、どこが既存のままの部分なのか、全く区別できない連続的な状態なるようにした。
限定的な改修であったが、情報が伝わる速度を考慮して工事を段階的に進めたことも手伝い、第一期改修工事完了後まもなく全ての部屋が不動産情報に乗ることなく満室となった。ホテルの利用率も相乗的に改善し、結果、当年度の集客は飛躍的に伸び、前年度と比較して50室/日以上が年間を通して稼働することとなった。また、新しい視点の導入とわずかな改修によって、ポテンシャルを活かせず低稼働だった客室が、価値を生む客室に変わる瞬間に立ち会ったことにより、ホテルスタッフの士気があがり、主体的な議論が生まれることにも繋がった。