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場を開いていく|「老いる」という成熟

2021年から、熊本県玉名市の天水町に通い始めました。ここは、夏目漱石の小説『草枕』の舞台にもなった地。その地に根ざして活動する社会福祉法人「天水福祉事業会」の場づくりに関わって、今年で4年になります。

天水福祉事業会は、戦後間もなく保育園を開設して以来、地域の「こんな場所がほしい」「こういう人のための場が必要だ」といった声に応え続けてきました。現在では、児童・障害・高齢の3分野の福祉が、ひとつの敷地内で実践されています。その敷地の一角には、保育園の開園時に地域の神社から遷宮された「若宮天使宮」があります。ここでは、農作業に向かう利用者、学校帰りの小学生、子どもの送り迎えをする親たち、職員など、日々さまざまな人々が自然にお参りしていく姿が見られます。日常の風景の一部として、祈りの場所が根付いているのです。

初めてこの場所を訪れた際に目にした日常風景

昨年は、保育園を現状に合わせて減築し、空間の「リサイズ」を行いました。今年は、地域に開かれた福祉相談所を設計しました。「ちまのいすんて」と名付けられた相談所スペースは、既存施設の改修によるもので、これまで閉鎖的だった施設の壁を取り払い、文字通り「オープンな」空間に生まれ変わりました。

地域の段々畑を思わせる石畳、包み込むように弧を描く天井、藁縄を巧みに編む施設利用者の手仕事に着想を得たペーパーコードの椅子、有機的なかたちのテーブル——地域の風景や人の営みを手がかりに、多くのデザインを生み出しました。

天水町は、2022年に過疎地域に指定されました。秋の大祭は長らくこの地域のシンボルでしたが、担い手の減少により、昨年からは規模を縮小しての開催となっています。それでも「いつかまた隊列を組みたい」という想いは、地域の人々にとって小さくない夢であり、祈りのようにも感じられます。2023年夏、私たちは地域と福祉をめぐるトークイベントを開催しました。地域に関わるさまざまな立場の方々にお集まりいただき、対話を通じて考えを深める場をつくりました。(昨年の様子はこちら

少し前までは、「こういう施設が必要だ」「この課題を解決してほしい」といった、明確なリクエストが社会の側にありました。それに応えることこそが、福祉事業の役割だったのです。しかし、いまは状況が異なります。社会の課題は複雑に絡み合い、「何が問題なのか」がはっきり見えづらくなっている。そうした中で私たちができるのは、まずお互いの「前提」を知ることから始めること。そのような共通理解の土壌づくりこそが、地域福祉の出発点になるのではないか——それが、昨年の対話の中で生まれたひとつの結論でした。

地域に開かれた福祉相談所「ちまのいすんて」
2018年の「秋の大祭」
街に出て小天天子宮まで隊列をなして歩く
奥にみかん農園が見える

今回の福祉相談所「ちまのいすんて」のオープニング・トークイベントでは、鹿児島から坂口修一郎さんをお招きしました。坂口さんは「グッドネイバーズ・ジャンボリー」の主催者であり、「リバーバンク」という暮らしの選択肢を広げる活動の代表理事でもあります。

高校卒業後に東京へ出て、30年以上を東京で過ごした坂口さんは、数年前に生まれ故郷の鹿児島へ戻りました。トークイベントは、「東京には東京タワーがあるが、鹿児島にはそれがない。でも、だからといって鹿児島が東京より劣っているわけではない。それは、単なる“個性の違い”なんだ」という話から始まりました。

イベントの中心となったメッセージは、「地域の健康寿命を受け入れる」という視点でした。「人間は年老いて死んでいく。けれど、“老成”という言葉があるように、年を重ねることは衰退ではなく、ひとつの成熟したあり方でもある。人口が減っていくことが決して“衰退”なのではなく、むしろ地域の“個性”として受け入れるべきではないか」——坂口さんはそう語り、ジャンボリーを開催している南九州市・川辺の風景を引き合いに出し、「滅びゆく地域でにこやかに暮らす人々に学んだ」と話してくれました。

その話題に触れた時、長年この場所を支えてきた理事長が、ふいに口を開きました。制度と偏見に向き合いながら、地域のために力を尽くしてきた方。その後を息子夫婦に託し、自身は少し距離を置いて見守っていたように見えた彼が、その場で想いを語り始めたのです。

その姿を目の当たりにし、「この瞬間のために、この場所に関わり続けてきたのかもしれない」と、深く心に残る出来事でした。

坂口修一郎さん
理事長の國友龍さん
オープンデイの様子

[写真クレジット]
2~ 5  ©Yoshikazu Shiraki
6~16 ©yoshiko otsuka

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