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大規模なリノベートを計画するほとんどの場合がそうであるように、この計画も「新築か、リノベートか」というところから議論が出発したが、私たちプロジェクトチームの共通認識として、この建物は残すべきであるという意識が強くあった。それは、年月を重ねた既存の建物が良い雰囲気をもっていたという直感的な判断に加え、天神・大名・今泉などの福岡市中心地区に徒歩圏内であるという、立地条件の良さがあったためである。新築しなくとも、既存の建物に新しいイメージを忍ばせるだけで事業として成立する可能性は十分にあると判断した。
リノベートを選択する大きな利点として、「初期投資を抑えることが出来る」ということが挙げられるが、その反面、「新築並みの賃料設定は難しい」という一般常識が存在する。私たちは、クライアントから求められた「新築同等以上の賃料設定と利回り」を実現するために、建物の表面的なデザイン以上に、内部のゾーニングについての議論に多くの時間を費やした。周辺環境の様々な要素を徹底的にリサーチし、最終的に、1階がテナントスペースと貸事務所スペース、2・3階がクライアントの本社事務所、4階が賃貸事務所、5~7階が賃貸住戸(小規模な事務所としての利用も可能)とした。
また、既存躯体コンクリートの圧縮強度試験(コンクリートの強さを測定する試験)の結果を基に耐震補強計画を進めていたが、想定よりもコンクリートの強度が低かったこともあり、現行の基準(耐震改修法などの)を満たすためには、1~5階までにそれに応じた耐震補強を施す必要があることがわかっていたため、約50㎡×3住戸だったところを、約75㎡×2住戸とすることでこの問題を解決した。結果として、それまでには無かった広い区画をつくり、この計画を魅力的なものとすることにも繋がった。
それぞれの部屋のプラン(間取り)は、必要最小限の間仕切りやしつらえのみを用意することを前提としており、そのスペースをどのように使うかの選択権は、基本的には入居者それぞれの想像力に委ねられている。かといって、倉庫のような何もない空間をつくるということではなく、その利用を想像させるだけの僅かなしつらえは忍ばせたいと考えた。この計画では、悪くなったら新しいものに取り替えられるようなものではなく、入居者の方々自身で手入れが可能な(入居者の方々にはメンテナンス方法等が記されたしおりが渡されている)、手入れを繰り返しながら半永続的に利用可能なものを使用している。それは、創業してからこれまでの80年間、商空間を通して一般消費者の生活や価値観を先導することを目指してきたクライアントから示された、「企業理念を十分に反映した計画とすること」という前提条件に対する、私たちなりの一つの回答である。既存の価値観に基づいたものではなく、これからの時代の新しい価値観を育てていく契機となるような状況を目指すことが、これからのクライアントが目指す価値観として相応しいのではないかと考えた。