Text
クライアントである家族は、近くに住宅を所有していた。杉材の外壁が特徴的なその住宅は、周囲を木々に囲まれており、敷地の周辺には、背の高い建物が住宅を見下ろすように建っていた。その住宅の形態と周辺との関わり方では、開放的な暮らしと室内のプライバシー確保を両立することが非常に難しく、そこでの日常とは全く異なる時間を過ごすことができる、新しい週末住宅を望んでいた。また、クライアントは職業柄、長期休暇を取りづらく、旅行に行くこともままならないため、家族とともに非日常を楽しむことができる空間であることが求められた。
敷地として選ばれたのは、クライアントの住宅から徒歩数分のところにある、周辺より少し隆起した小さな丘のような場所であった。敷地の東・西・南側には住宅が近接して建っており、北側の前面道路を隔てた向かいには、大きな鉄筋コンクリート造の病院施設がある。土地の一番高いところからさらに2.0メートルほど視点をあげると、南側の眼下に広がる街並みと街の象徴である山を望むことができた。家族はこの場所に、眺望に対して開放的な状態を望み、一方で、「北側には一切の開口部を設けないで欲しい」と、街の喧噪や視線から完全に切り離された状態を望んだ。
道路から室内を見通すような開口部は一切設けず、室内への入り口さえ何処にあるのかわかりにくい状態とし、道路から敷地内部を迂回して入る計画とした。住宅の室内は、地面から1.4メートル浮いた状態で、直径φ76.3mmの鉄骨の柱29本によって固定されており、住宅の室内と地面との間は、用途がない空白の状態である。家族が親密な時間を過ごすための室内の真下に、敷地越しに視線や風が行き来することが出来る場所をつくることで、住宅と街の調和を見出そうと考えた。ちなみに、この空白の空間は、クライアントの愛犬の格好の遊び場となっているそうである。